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□たくさんの人に感謝

オープニングVIPパーティで挨拶する蔡さん 
 私はいろいろな国へ行きまして展示会をやりました。そしてたくさんの人々から助けを得られました。でもこのようなパーティをやったことは、今までありませんでした。来年はもし日本で同じようなイベントができたら、すごく嬉しく思います。なぜなら私は日本でたくさんの友人や美術館などで、いろいろ協力を得られましたから。

 そして今日は、私は今まで非常に気ままな人で、アドリブでスピーチしたことがほとんどでしたけれども、今日は特別にこのようにリストを持ってきました。私はいつもこういうスピーチの後、スタッフの人に言われます。さっきは誰々さんの名前が漏れましたというふうに言われます。なので、今日はそういうことが無いように、リストを持って来ました。

 ー中 略ー


□いわきの友人を紹介

地平線プロジェクト(1993)
廃船の引き上げ
 次はいわきチームです。日本から来てくれた友人たちです。日本のいわきという漁村の人達ですが、私が日本にいた時代彼らと出会いました。細かいことは本の中に書いていますので、ここでは述べません。(蔡さんのいわきに寄せる想い・・参照)

 今まで私が展示をやる度に彼らが一緒に来てくださいまして、いろいろな国を旅してくれました。私の中では彼らの存在は、この作品の一部です。この作品は彼らそして私と彼らの友情が含まれていますので、今日は彼らも台北に来てくださいました。

 皆さんおわかりだと思いますが、今までの作品は私が自分の手で作ったものは、一個もありません。こうやって私の作品を手伝ってくれた友達ですけれども、いわきチームやリンさん達は、まず私は画家でないことを理解してくださっていまして、そして私の現代芸術に対する気持ちも理解してくれました。  こういった方々は、私と一緒に毎回世界のいろいろな国々へ行って、一から作品を作りあげます。

 ー中 略ー


□蔡スタジオのスタッフに感謝

 蔡スタジオのスタッフを紹介する蔡さん(右端)
 私のスタジオのスタッフを紹介したいんです。皆さん、前に出てきてください。バーニさんと抱擁しましたが、バーニさんは今回の私の作品を作るために英語の構成をいろいろ頑張ってくださいまして、最近の2〜3日非常に大変でした。私のスタジオの中には、こうやって毎回毎回新しいスタッフが入ってきました。皆さんが私のスタジオのブランドになって働きますが、この若い人達は私の仕事を監督するために来ました。私がとぼけないように、いつも見てくれています。  たまに私はいろいろな招待をもらいますが、スタッフの人がこれを見て「これはパスしたほうがいいですよ」とアドバイスしてくれます。私はいつも素直に「はい!じゃ行きません」と。  私のスタジオが今日まで成長できたのは、皆さんのお陰です。皆さんがスタジオに入った時は、皆すごく若くて綺麗ですけども勿論今でも綺麗です。最初に入ってきた時は、皆高校生みたい若々しかったのですが、そして仕事をすると共に皆さん段々大人になってきて、でも私は知っています。皆さんは私の仕事のために、いろいろエネルギーを費やしてくれました。皆さんありがとうございました。


□家族に感謝

左から呉さんの妹さん、
蔡さんのお父さん、
蔡さんのおばあさん、通訳
 最後、私は家族に感謝します。私の故郷は泉州です。今までの展示会はこんなふうにたくさんの故郷の人が見に来ることはありませんでした。今回は皆さんツアー組んで一緒にここに見に来てくれました。
 私は北京と上海で展示会をやりましたがその時家族は来ませんでした。今回は台湾ということで、皆さんは台湾を非常に近くに感じまして、「台湾だったら皆で行けるよ」と言ってくれました。今回皆さんわざわざ台湾に来てくださって、私は非常に感動しました。  私の奥さんは皆にさっき結婚式をしたこともなかった、指輪をもらったこともなかったと皆に言ったと思います。

 私のお父さんが、私の結婚のために貯めたお金を私はその時、勉強するためにお父さんからそのお金を借りました。そしてお父さんは「この金をもし使ったら結婚する時は私、お金を挙げませんよ」と言った。だから私は結婚式をやりませんでした。
 私の奥さん呉(ウー)さんのお父さんです。呉さんの両親は80歳ですけれども、今まだすごく元気です。両親の健康は、私たちの一番の幸せです。他、泉州から来てくださいました家族や友達です。

蔡さんの故郷泉州から駆けつけた蔡さんの家族と友人(蔡さんの右隣が蔡さんのおかあさん)



□重要なのは二つだけ

 私は物事を複雑にないようにしようというタイプの人です。私はいつもスタジオの人や私の奥さんに言います。「人生の中で重要なことは二つだけ」です。
 ひとつは人をちゃんとしましょう。もうひとつは作品をちゃんとしましょう。この二つは簡単に聞こえますが、非常に大変なことです。

 例えば人間をちゃんとするということなんですけども、さっき皆さんは私の奥さんからの言葉でわかると思いますが、私は常に家には居ません。そして子供たちの教育に気をかけることもありません。これは私の上の娘です。私が目を離したすきに彼女はもうすでに高校生から大学生になってしまいました。私にはもう高校生の娘はいません。
 そして次の小さい娘もそうですけども、少し目を離したら今はもう小学1年生です。ちょっと前までは、鼻水を垂らしたかわいらしい女の子でしたが、今はもう小学生です。  子供の成長は非常に早くて、私は家に帰る度に子供の成長をつくづく思いました。

 小さかった蔡さんのお子さんが小学生に・・・
  2006年カナダ国立美術館にて  
  蔡さんの奥さん呉さんと次女(左)
 人間でありながら、例えば私は父親であり人の息子でもあります。自分の親には、あんまり傍に居て世話をすることができないのですが、いつも両親の傍に駆けつける時は病院でした。そして両親の看護をするのは、いつも他の人にまかせっきりでした。

 感謝の言葉はいっぱいですが、ここではこれ以上言いません。まず私がやるべきことは、作品を精一杯作ります。
 ここでもう一度、誠品書店や台北美術館、台北の街の人々に感謝しています。私の作品を良く作らないと皆さん来てくれませんので。
 人をちゃんとするというのはもうひとつの意味があります。それは、健康のことです。私のような仕事は、いつも駆け回ったり、いろいろな所へ行くことになりまして、体力の消耗が非常に大変なことなので、美味しいものを食べないといけないと私の医師がいつも言っていることです。

  ちゃんと作品を作ることも、簡単に聞こえますが実は大変です。ひとつ例を挙げてみます。例えば私は、山奥へ行ってそこで綺麗な滝を見ました。その綺麗な滝を他の人と共有したくて、その感動を皆さんに伝えようとします。でもこれはまずその美しさを見て感動する力・技術を持っていないとだめです。そして今はカメラは非常にみんな良く出来ていますので、あなたが撮っている写真と他の人が撮っている写真は同じように見えるかもしれません。どうすれば自分の特殊なその感動を自分の伝えたい人に伝えればいいのでしょうか。

 他の人と同じ景色を撮っているのに、違う感動を表したいのなら自分の特別な芸術の資質を持っていないといけないんです。そして、竹だけではなくて空・石など、さまざまなものも撮りたい。でもそのさまざまなものを撮りながら自分らしさを出さなくてはならない。これをやるために、自分独特な方法を持っていないといけないんです。このような特殊な方法を持っていれば、さまざま違うものを撮っていても、同じ自分らしさを出せます。あえて言えば、写真じゃなくても他の方法でもあなたという個性が得られます。もう少し難しいことを話すと、自分の作品だけではなくて作品を残して後の人にも影響を与えたい場合は、それは違うレベルの芸術家になります。ここまで聞くと芸術家になるのってすごい難しいなぁと思う人がいるかもしれません。

 私の奥さんがさっき言ったように、人生は楽しくやればいいというふうに私は結局芸術とはそういうことだと思います。例えば滝の話ですが、最後結局滝がなくても大丈夫じゃないですか。その滝を探すプロセスを楽しめばいいんだと、私は思います。 このレベルになると芸術は、非常に難しくはなるんですけれども、でもそれと同時に楽しくもなります。 私の作品を作るこのプロセスは、私は滝を探しているように感じます。             
                                            
翻訳 ・慕如さん
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